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ホリスティックな人々(2)-鐘が鳴るやら-
ホリスティック医学協会の月例会というものがあり、毎月講演会やワークショップ、あるいはミーティングを開いていました。その会が終わった後、一杯飲みに行くのが習慣でした。そこで、盛り上がりながら、皆の体験談を聞くのが楽しみでした。

これは、ミスターホリスティックというようなドクターHから聞きました。そのDrのオリジナルというわけではなく、その人が聞いた話を教えてくれたわけです。私はもちろん初めて聞くフレーズだったので、大変感動したわけです。

鐘が鳴るやら、鐘木が鳴るやら、鐘と鐘木の合いが鳴る

というフレーズです。一見何気ない言葉ですし、そりゃあそうだわねという内容ですが、人間関係の本質を見るような思いでした。鐘を鐘木(鐘をつく棒)で打つ、ゴーンとなる。それは鐘が鳴ったのか、鐘木が鳴ったのか・・・物理的に考えれば鐘が鳴っているわけですが、鐘木がなければ鳴りません。鐘木だけでは絶対になりません、しかし鐘木がなければ鳴りません。そう、まさに鐘と鐘木の一瞬の出会いが音を出したわけです。どちらか一方では決して発することなない新しい創造物です。そして、それは二度と同じ音はでません。出会うタイミング、強さ、周りの環境、何一つ同じものはないので、その一瞬の出会いは二度と起こることない出会いなのです。そして、またそのフレーズには、その出会いを観察している視点がもう一つあると教えてもらいました。鐘と鐘木と、その出会いを見る・聞く人と。それらが一体となり一瞬の出来事を共有している瞬間です。人間関係もまた同じ、何がどう同じなのか・・そう感じたのだからまあいいでしょう。こういうイメージは理屈ではなく、心に響くもので、心でしみじみ理解する性質のものでしょう。

私は、それを聞いて、ふるえるような、しみいるような感動を感じました。一期一会という言葉も好きですが、出会いというものの不思議さ、大切さをゴーンと感じました。
【2005/06/19】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
ホリスティックな人々(1)
かつて、ホリスティック医学協会という会に長いこと関わっていました。自分が医者として壁にぶつかり、あるいは現代医学の問題、矛盾に真剣に悩み、何か壁を乗り越えたいと思っていた時期でした。

その会を通じて、様々な立場の方、様々な仕事の方々を出会うことができ、どれほど救われたかわかりません。当時の私は、現代医学、徹底した科学主義、その権化としての大学病院という組織の中で、萎縮し、方向を見いだせず迷いの渦中にありました。そういう時期に出会い、私を励まし支えてくださった方々への感謝の気持ちは絶対に忘れてはいけないものだと思います。人間、苦境に立たされたときに本当に大切な出会いがあるのだと思います。

その時期に、出会った方々からいただいたいくつかの貴重な言葉や体験があります。その一部を紹介していきたいと思います。その方々への感謝を込めて。
【2005/06/19】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
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