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「CUBE」を見た

hana1.jpg以前「CUBE2」という映画をみた。言われなく、四角い部屋に閉じこめられて、脱出しようとしても、トラップにひっかかって死んでしまう。登場人物は全員助からないという救われない映画だ。前作「CUBE」というのが、マニアの間では評価が高いことは知っていたが、見る機会がなかった。最近、「CUBE ZERO」という映画のDVDがでて、それは「CUBE」の前作に当たるというふれこみだったので、とりあえず見た。ネタは同じようなもので、やはり救われない映画だった。そこまで見たら、第一作目の「CUBE]を見るしかない。DVDがあることがわかったので、レンタルして見た。内容はほとんど同じで、作成された時代の違い、予算の違いを感じさせる以外、ネタはほとんどいっしょ(というより、それが元になって、CUBE2 CUBE ZEROができた)、救われない映画だった。

その映画「CUBE」の内容はともかくとして、映画の中の台詞にちょっとしびれたので、紹介しよう。

閉じこめられた人同士は、全く面識はない。ともに行動する内にお互いの素性を徐々に知っていく。メンバーの中に、警察官がいて、もう一人、やたらトラップに詳しい男がいて、「なんでおまえはそんなにトラップに詳しいのか」と質問し、ふとその男の名前をみて、警察官は思い出した。そう、有名な脱獄犯だった。いくつもの難攻不落の刑務所を脱獄してきた、脱出の達人だったのだ。それで、一同は喜ぶ。この男に従っていけば、脱出できるかもしれない!と。

その時、男が語る言葉にしびれたというわけだ。前振りが大変長くなりました。その台詞とは

「考えるな(考えすぎるなだと思う)、想像もするな、目の前のことだけを考えろ。脱出は難しい。自制心が必要だ」

という台詞である。なんで、こんな台詞にしびれたかというと、私が今、もっているイメージに近かったからだ。病気になるということは、まさにトラップに引っかかったような心境だと思う。「何で自分だけが、どうしてこんなことに」という思いにさいなまれるだろう。そして「ここから、どうすれば出られるのか、本当にでられるのか、もはや助からないのではないか」そんな気持ちにもなるだろう。まさに迷路にはまったのと同じイメージではないか。

通常、原因探しをしたり、いろいろな方法を考えたり、する前から、いろいろ想像したり、現実と想像の区別がつかないまま、どんどん気持ちは不安定に、そして悪循環になっていくと思う。普通の治療のイメージだと、「どうしてこうなったのかよく考えましょう」「あなたの生い立ちの中に、きっと答えがあるはずです」「これからどうしたらよいか、よく考え、こうなりたい未来をイメージして、ポジティブに考えましょう」などなど、言われたことはないだろうか。

確かに、場合によっては、そのやり方が有効な場合もあるだろう。しかし、難しい病態であればあるほど、そういったやり方は有効でないどころか、問題をこじらせることが多いと思う。難しい病態を、脱出困難なトラップと置き換えてみると、映画の登場人物がいう言葉が胸に響く。「あれこれ考えすぎるな、あれこれ想像するな、目の前の事だけ考えろ(今、目の前にあることを行うことに集中しろ、それだけやり遂げることを考えろ)。回復は簡単ではない、自制心が必要だ(決してあきらめず、自分の感情に飲み込まれたり、振り回されたりせずに、行動しろ、そうすれば、必ず脱出できる!)。」そんな感じだ。

私は、本当にそう思う。普段から始終、一日中、そんな緊張感をもって、行動しろと言うことではない。われわれは、決して、監獄に閉じこめられているわけでもないし、命をねらわれているわけでもない。ただ、時として、心が揺らいだとき、よからぬ考えに流れそうになったとき、この言葉を思い出して、心の揺れを最小限にとどめようではないか。

「考えるな、想像もするな、目の前のことに集中しろ。脱出は難しい、自制心が必要だ」

【2006/07/09】  この記事のURL | 未分類 | ▲ top
終戦の日に思ったこと
お盆を挟んで、いろいろ忙しく、ブログの書き込みがぱたりと止まってしまった。これではいかんと思いつつ、時間がない・・。しかし、こういうものは無理してやるものではないだろうと思い(自分に言い訳して)今に至ってしまった。書きたいことはいっぱいあるのだけどね。

今回は忘れないうちに終戦の日に思ったことを書いておく。命というのは誠、ほんの偶然の上に成り立っているのだなという話。

お盆なので、さすがに短時間とはいえ実家に帰った。その日は地元の花火大会だ。それが始まるまで、父親と話をした。父親も年を取ったので同じような話ばかりなのだが、戦争体験の話は貴重なので、息子(孫)には聞かせておきたいという思惑がある。

昔から聞いていた話だったが、今回、あらためて聞いたら今まで知らなかった新事実が判明し、さらに命の不思議さを実感した。

父親は大正15年(昭和元年)生まれなので、19歳で終戦を迎えている。16歳くらいの時には有名な海軍の武器製造工場である豊川海軍工廠で働いていた。戦況も悪くなり、未成年も志願兵としてかり出される流れになっていった。父親は17、8歳の時、志願兵として軍に入隊した。色弱なので普通なら軍には不適格だったのだが、通信兵として徴用されたそうだ。そのとき、豊川の工場長が父親に言った「おまえは長男だろう、どこにいても奉公はできる。志願せずにここで働け」と。それでも、父親は志願して入隊した。このときが若年者の志願兵徴収の最後だったらしい。

そして、終戦も近い昭和20年に豊川海軍工廠は激しい空爆を受けて多大な犠牲者をだした。志願した父親が生き残り、残れと言った工場長が亡くなられた。
さらに、東京で訓練をうけた後、広島への配属が決まっており、広島に向かう途中、特殊爆弾が落ちたときき、引き返すことになったという。

父親は貧乏だったので、上の学校に行きたかったがいけず、尋常小学校卒だ。もし、学校にいっていたら学徒動員の世代である。
もう少し若ければ、志願兵として軍にいくことはなく、豊川海軍工廠にいたはずである。そして工場長の言うことを聞いていれば、空爆の被害に遭っていただろう。
そしてもう少し年が上だったら外地に出兵していただろう。
また広島への配属がもう少し早ければ、広島で被爆していたかもしれない。
それらの偶然が重なってかろうじて、今生きている。父親が戦争で死んでいたら、私も私の子供も何もこの世に存在しないわけである。

そう考えると、今ここにこうしていること自体が、ものすごい運の良い、奇跡的なことのように思えてくる。
命というのは、本当に不思議なものだとつくづく感じた終戦の日であった。
【2005/08/28】  この記事のURL | 未分類 | ▲ top
心を動かされる言葉
このブログでは、日常遭遇した出来事から連想される心身医学的お話を書くつもりです。それと同時に、これだけはかいておきたいと思うことがあります。
それは自分が感銘を受けた言葉の数々です。よく座右の銘とか、哲学的言葉、古人が言った有名な言葉(論語みたいな)、があるでしょ。私が感動する言葉の多くは、漫画から得たものなのです。
私は60年(昭和じゃないよ、1960)生まれで、巨人の星、あしたのジョー、タイガーマスクなど梶原一騎世代であり、そういう話になるといつまでも語り続けることができるほど影響されているわけ。それと、わすれてならない大山倍達先生(空手バカ一代の主人公だ)の言葉。アントニオ猪木も好きだな。
今は、みなスマートになってしまって、泥まみれになって、はいつくばってでも、泥をすすってでも・・という根性論は崩壊してしまいました。大変残念なことです。誰がなんと言っても、私にとって一番影響を与えたその文化を大事にしたいし、紹介したい。そういう思いが強いです。
そこでシリーズ「梶原一騎かく語りき」「大山倍達かく語りき」を時々かいていきたいと思っています。よろしく。
【2005/06/11】  この記事のURL | 未分類 | ▲ top
万博に行ってきた
夕方、万博に行ってきた。70分待ちで「長久手日本館」に入れた。そこで噂の半球型大画面映像を見てきたわけだ。
空の映像、海の映像、宇宙の映像がぐるぐると縦横無尽に展開される。自分は全く動かずに、それを眺めているだけ。それなのに、体が傾くというか、目が回りそうな、もうちょっと長く続いたら酔ったか倒れたなって感じ。
それで、思ったわけだ「人間の脳みそなんてチョロいもんだ」って。テーマパークでバーチャルジェットコースターがあるよね。あれはいすも動くので錯覚に陥りやすい。今回は映像だけだったけど、かなりのインパクトあり。
そこで、思った。バーチャルリアリティを心理的な治療に使えないのかって。軍隊や宇宙飛行士は、使っている訳だから、コストの面が問題なければ使えるだろう。
我々の脳みそは自分が思っているより遙かに、単純にできているようだ。マイナスの思いこみで、脳の機能に制限を加えているのだろうな、きっと。あるいは、心理的な傷つき体験とかあると、にどとそういう目に遭いたくない、これ以上傷つきたくないという気持ちから、自ら経験や思考を狭めてしまう。それは一種の防御反応で、一時的には有効な方法だ。しかし、そこからの回復を考えると、それが逆効果になる。同じ情報しか入力されなければ同じ結果にしか到達できないから。堂々巡りの状態に陥ってしまう。
治療とか回復のプロセスというのは、変化のおそれを保護し、新しい経験を支援する作業の積み重ねだ。もし、バーチャルリアリティ効果が利用できれば行動療法、認知行動療法は飛躍的に進歩するかもしれないな。
【2005/06/05】  この記事のURL | 未分類 | ▲ top
ジャパネット高田社長かく語りき
昨日の朝、テレビにジャパネット高田の社長がでていた。56歳とは思えない若い雰囲気だ。
昔、よくラジオショッピングを聞いていて、この人は話がうまいなーと感心していた。他の人はどうかわからないけれど、聞いてきて気分がわるくならないというか、つい買いたくなるような展開がすごい。
その商法の話ではなくて、そこで彼が言っていた「先のことは考えない」という話。「先はどうなるか分からないでしょう。今できることをやっていけば、そこでまた新しい発想が生まれるし、新しい出来事に出あう。今までもそうだったし、これからのことも特に何も考えていない」といっていた。「おもしろそうだからやってみる。うまくいったから他でもやってみる。気がついたら今がある。」っていう感じだった。それに、彼はそれがよいことで、人にもまねをしろといっているわけではないです。自分はそう思って生きてきたし、今も生きているといっているわけです。
「今、ここ」を大事にする心理療法と同じ考え方だと思ったわけ。先の心配をするより、今できることをしよう。今を大事にしようという考え方ですね。当たり前のように見えるけど、実際はむずかしい、将来を不安が今を脅かすことが普通です。でも、そういう発想を繰り返し自分に語りかけ続ければ、きっと何かが変わっていくと思います。
【2005/05/30】  この記事のURL | 未分類 | ▲ top
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