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ホリスティックな人々(4)-立場は一つ-
チベットの高僧 ダライ・ラマ十四世は時々来日されます。

私は会ったことはありませんが、ホリスティックな人々は、会う機会に恵まれたようです。

そのときに、ある先生が「法王は、そのような禁欲的な人生の中で、他に何かしたいとか、女性との問題とか考えたことはないか」と大胆な質問をされたようです。そうしたら、返ってきた言葉は「これまでに、そういうことを考えたことがないわけではない。しかし、人は一つの立場しか選べない。今は自分の立場に満足している。」(記憶が曖昧なので私の妄想が入っているかもしれませんが)というような話でした。迷いのなさが安定を生む、安定が力を生む、そういうことなのだと思います。

なんてことはない話です。しかし「人は一つの立場しか選べない」そのフレーズに私は感動しました。その当たり前のことが受け入れられず、あくせくしている人がいかに多いことか。一人の異性がいるのに、他の異性にふらふらと、家族があるのに他の欲望にふらふらと・・・。「二兎を追う者は一兎をも得ず」昔からそう言われ続けているのに、もっとよい道があるはずだ、もっとよい方法があるはずだ・・と揺れまくります。そして力が分散し、それを力がないことと勘違いしていることが多いです。火事場の馬鹿力という言葉があるように、人はすべての迷いを断ち、今ここにすべてを集中するとものすごい力を発揮するものです。力がないのではなく分散しているのだということを理解しましょう。

一つの立場を選択すること自体が難しいと言えば難しいのですが、それでもやはり目標は一つの立場を選ぶこと、それが人生においても、治療においても、そのほかの何においてもとても大切なことなのだと思います。
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【2005/06/19】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
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