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歴史の重み
今、我々はとりあえず安全に生活している。治安大国といわれていた頃に比べれば、殺人を含め、毎日のように犯罪報道がされており、そうのんきにも構えていられないのも事実だ。ただ、テレビのスイッチをつけなければ、新聞をみなければ、それほど普通の日常が危機的であるとは思えない。

格差社会といわれるように、社会の底辺では確かに異常事態が、刻一刻と広がり、社会を根底から崩壊させかねない流れにあるような気がするし、環境問題のように人類の未来とかいうのも危うくなっているのも事実だろう。
それでも、今、この瞬間に危機感はあるか?多くの人はないだろう。とりあえず、家の中、あるいは日の当たる普通の場所に、人通りが多い時間にいれば危険とはいえないだろう。予測不可能なアクシデントは例外であり、人がいる限りある確率で必ず起こる。

何が言いたいかというと、ほんの60年くらい前までは、そうじゃなかったし、それは遠い過去のことじゃない。今こうしていられるのは、やはり、当たり前のことではなくて、ありがたいことなのだということなのだ。

わしの父親は昭和元年(1926)生まれで、わしは昭和35年(1960)生まれだ。わしが中学2年生、14歳のころ、つまり昭和49年(1974)には父親は47歳だったわけだ。そのころ、わしは父親から、よく戦時中の話を聞かされていた。豊川海軍工廠で働いていたとき、敵機グラマンが機銃掃射をしながら飛んできて、逃げようとして友人が目の前で撃ち殺されたなどという話を当たり前のように聞かされていた。聞いている自分としては、遠い昔話のように聞いていたわけだ。

今年平成19年(2007)、わしは47歳になる。息子は14歳だ。わしが父親から戦争の話を聞かされていた状況とほぼ同じになる。父親は20歳で終戦を迎えているが、そういった悲劇は17-8歳の頃の話だ。

年齢を自分に重ね合わせてみる。自分が17-8歳、つまり高校生の頃の話を、今、息子に話して聞かせるということだ。なんだ、そんなことならいつもしているじゃないか。柔道部の時に、練習がどんなにつらかったか、どういういきさつで右腕を脱臼したか、友達が脳しんとうを起こしたとか、鎖骨を折ったとか・・・まるで昨日のことのように、イメージも鮮明に思い出されて話をする。

そうか、それくらい鮮明なイメージで父親は自分に戦争体験を語っていたのか。そう思うと愕然とする。今の時代が、治安が悪いとか、政府のやり方がめちゃくちゃだとか、モラルが崩壊したとかいっても、わしの友達はグラマンに機銃掃射されて死ぬことはない。自分の命がいつ絶えるのかと思いながら生きているわけでもない。わしが息子に聞かせるのは、せいぜい脱臼か骨折だ。

確かに、そんなことは時代の問題であって、比べることではないだろう。どっちがどうという訳ではない。しかし、現実につい60年くらい前、親の世代は、そのような状況であったことを、自覚なく過ごしていてよいのだろうかということだ。今の日本の繁栄は、ことの善悪はともかく、確かにその前の時代の礎の上に成り立っている。それは動かしがたい事実だ。

「あの戦争は何だったのか」そうやって、向こう側の話にしてしまって、学者のように冷静に思考するのはかまわない。好きなだけすればいい。大事なことは、理屈ではなく感性として、その時代の上に自分たちがいるという感覚・・それは、そう簡単になくしてしまってはいけないことのように思うのだ。

「戦空の魂」という漫画がある。戦時中の若者がいかに生きたのかという話だ。わしは別に戦争の善悪をどうこう言う気はない(どちらかといえば、歴史など、後から理屈をつけるのは下品だと思ってい立場であるが)。ただ、そういう時代があった、確実に。しかも、ほんのちょっと前に。その事実をわしはうやむやにしたくない。それを実感しながら生きていきたい。
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【2007/06/11】  この記事のURL | 雑感 | ▲ top
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