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成人式に思う
以前ほどではないが、今年も成人式で大暴れした輩がいた。そして恒例のようにテレビでは、成人式をどうすべきかの議論が、しばらく続く。そしてまた、話題に登らなくなる。話題にすることが目的で、具体的な対策なんか煮詰める気は初めからない。

だいたい、大暴れ事件があったその日に、かつて大暴れしたOBのインタビューを流している。対策なんかより、面白おかしく報道する気満々だ。どうせ一部しか報道しないから、我々は成人を向かえる人達全般のことが分かるわけではないが、さも「最近の連中は何を考えているんだ」と思わせる報道ぶりだ。それと対比して、夕張の成人式を取り上げ、健気さを強調する。上げたり下げたり忙しいことだ。ニュースは、中立であるという話を学校では教えられたが、そんな大ウソを教えていいのか?

まあ、そんなことはどうでもいいのだが、成人式がなんでこう成ってしまったのかという問題だ。形式的には、我々が参加した約25年前の成人式とそれほど変わらない気がする。いつからこんなことをしているのだろうか?もっと昔はこんなに大規模にはしなかったろう。家の近所で、知っている叔父さん叔母さんがうろうろしている場所では、さすがにそんな不埒なことはできんだろう。

となれば、かつて、公共事業として大きな市民会館を造り、そこで、地元出身の政治家が、選挙権をもったばかりのバカ者どもに、自分のイメージを刷り込もうというスケベ心で始めたってーのが実態じゃないのか?(そう思って、調べてみたら、起源自体は健全な物だったが、やはり途中から政治の具にされていったことが分かった。詳しくはホームページ参照、大学の卒論だろうが、よくしらべたな~ http://www.mgu.ac.jp/~jfmorris/Sotsuron/2001/IshikawaNanae/Ishikawa.htm#成人式の成立

ことほと左様に、今起こっているさまざまな問題は、かつて、誰かの都合のよいように始めたことが、時代の変化の中で錆び付いてきて、より動物に近い輩がその状況に単純に反応してしまって、結果としてそいつらが自分の意志でやっている気になっているだけで、一歩引いてみれば踊らされているだけってことじゃないのか?

教育だってそうだろう、戦後のトラウマに乗じて、左翼の連中が、反日、反体制教育を、次世代の無意識に繰り込もうとしたら、思いの外、物質的に豊かになり過ぎて、ただだらし無く権利だけを主張するバカ者を大量生産してしまったってことじゃないのか。

今の現象は、今起こっている訳じゃない。今に続く、過去の集大成ってことだろう。結局、自分の都合のいいスケベ心にはバチが当たるということだ。じゃあ、なんでそのあおりを無垢な私達が浮けなきゃいけないかって?だって、その私達だって、そういう如何わしさに反対して戦ってきた訳じゃない。指をくわえて見ていただけだから、みんな共犯なんだな。
そう書きながら、自分を振り返り、我が襟を正そうと思いますわ。
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【2007/01/08】  この記事のURL | 未分類 | ▲ top
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