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私のヒーリング体験(2)-ホリスティック医学-
私が迷いに迷っている頃、以前に書きましたようにホリスティック医学というものに出会いました。全く偶然のであいでした。内科学と心身医学を専攻し、主に心療内科的治療の修行中でした。大学の中では、何を語るにしても正統な医学的根拠、文献的根拠がなければ戯れ言にすぎません。「私はこう思う」ではなく「文献的には○○というデータがある」と言わなくてはなりません。「個」を見るとき、マスとしてデータは参考にはなっても答えではありません。そういうプレッシャーと矛盾で悩んでいました。

ある年の心身医学会で九州大学心療内科の同門の先生に「ホリスティック医学」なるものを紹介されました。それは、簡単に言えば「個を大切にする、個の物語を大切にする医学」「西洋医学の枠組みにとらわれず、有効な方法なら何でも取り入れていこうという医学」でした。迷いを感じていた自分には非常にインパクトのある世界観でした。本来、心身医学もそういう学問のはずだったのですが、心身医学すら、実証主義にとらわれすぎて「心理学」「実験医学」へのとらわれが強くなってきていると感じていました。

まもなく開かれた日本ホリスティック医学協会の学会に参加することができました。全体的には、非常に新鮮で魅力を感じましたが、アンチ西洋医学的ニュアンスが強いことが気にはなりました。その学会の発行物に東海ホリスティック医学振興会が紹介されていました。「名古屋にもこういうドクターがいるんだ」そう思ったらいてもたってもいられなくなり、人見知りの強い私としては、初めての行動ともいえるのですが、見ず知らずのドクターに電話をしたわけです。後に直接お会いして話をすることがでいました。そのドクターは想像以上に心の広い方で、私の緊張感はすぐになくなり、昔から知っている人のようにリラックスして話をすることができました。その日が、私が生まれ変わる第一歩だったように思います。

集団に所属することが苦手な私でしたが、その会には籍を置くことにしました。それからしばらくして、日本ホリスティック医学協会からも「中部支部」立ち上げるという話があり、発起人の一人として参加することになりました。そこでもまた新たに志を同じくするドクターに出会うことができました。そのころであった方々に、それまで自分が考えていたことをありのままに語り、ディスカッションできたことは貴重な体験でした。

その後、定例会を開くに至り、そこからはドクターだけではなく、東洋医学、ヨガ、気功、その他民間療法、医療側だけでなく、患者の立場で参加される方々などなど、多くの出会いがありました。大学の検討会では常に文献やデータを元に話をせざるを得なくて、知識がどれだけあるか、どれだけ文献を読んでいるかが重要なことです。知らないと言うことは恥、能力がない、頭が悪いと見なされる恐れがつきまといます。しかし、その会で私は初めて、「何の根拠もないが自分がこれまで経験してきたこと、何の根拠もないがそう思うということ」を大勢の前で語る機会を得ました。何を話しても否定されることなく、むしろ違う畑の人の新鮮な話として好意的に受け止めてもらえるわけです。初めて、ありのままの自分をどうどうとさらけ出す経験ができました。

治療において、自助グループというものがあります。そこでは「言いっぱなしの聞きっぱなし」「そこで語られたことは外には持ち出さない」というルールで自らをさらけ出すという場です。ホリスティック医学の活動は、まさに私にとって自助グループのような場でした。そういった経験の中で、やっと自分は自分であるという自尊心を持てるようになっていった気がしています。

その後、「やはり自分の道は心身医学である」とはっきり思えるのに10年かかりました。そう思えるようになり、その会から離れ、本来の自分のフィールドでの診療に専念することができるようになりました。あの会は、迷える私を受け入れ、自立できるまで支えてくれた母性的な場であったような気がします。
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【2005/07/17】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
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