スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/--】  この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
大山倍達かく語りき(6)
自分には見えない自分の顔を人に見られている、それが人生だ
自分が知っている自分の顔は、鏡や写真に映った顔で、自然にさらけ出されている顔ではない。他人に見られている顔は、自然にさらけ出されたいつわりのない顔である。まさしくそれが人生なのである。大山談

当たり前のことですが、ともすると忘れているとても重要な視点ですね。そうです、私たちは自分の顔も背中も見ることはできないのです。鏡でみたものは真の姿ではないです。自分では見えない顔と背中を人にさらけ出して生きている。好むと好まざるとに関わらず・・。そういう飾ることのできない部分に、その人の本質がにじみ出るものです。たとえ化粧をして、整形をして、一見きれいだと言われる形にしたとて、本質は変わらないと思います。

背中といえば、あの歌です。「僕の背中は自分が 思うより正直かい?誰かに聞かなきゃ 不安になってしまうよ」ってね。自分に見えない部分に自分の本質が現れる。まじめに生きた人間にはまじめな顔が背中が、正直に生きた人間には正直な顔が背中が。子供は親の背中をみて育つと言いますしね。

それを自覚すると身が引き締まる思いですね。人生にはいろいろあるから、良いときも悪いときもあるだろうし、正直なときも嘘をつくときもあるし、いろいろな顔をさらして生きているんだね、私たちは。

人生の最後は「いい死に顔ですね」そういわれたいものです。そりゃ、飛躍しすぎか。

スポンサーサイト
【2005/07/30】  この記事のURL | 大山倍達かく語りき | ▲ top
大山倍達かく語りき(5)
昔の他カ本願は神頼みだったが今の他カ本願は科学技術信仰だ

現代はテクノロジー万能の時代で、すべてがテクノロジーで解決するかのように錯覚しかねない。しまいには空手の強さもの追求もテクノロジーで、という時代になりかねない。「神仏は尊し、され神仏を頼まず」というのは宮本武蔵の言葉であるが、神仏をテクノロジーとかえてこそ、本当の武道修行であろう。強くなる道に早道はないし、楽な道もない。大山談

近年の科学万能主義には目に余るものがあります。新興宗教で病気が治ると信じている人々のことは笑うくせに、かたや、最新医学は生命の神秘を解き明かし、すべてを解決してくれると平気で信じています。民間人はそこまでバカではありませんが、専門家ともなると正気とは思えないほど、突飛なことを信じていたりします。一部が解明できると、そこからすべてに発展させ、全体像が見えてくるような錯覚に陥りますが、目の前で当たらし発見、新しいデータを日々目にしていると、それが妄想なのか現実なのか区別がつかなくなります。

自分の感性を放棄し、知識や技術に頼れば、そういう間違いにあっという間に陥ります。技術はあくまでも道具であり、それを使う側の感性が大切なのです。「バカとはさみは使いよう」とか「きちがいに刃物」とか今では差別語として使いにくい戒めの表現が昔はありました。便利さにおぼれるな、道具に支配されるな、道具を生かすも殺すも自分の感性しだいであるということでしょう。

あるものを盲信してしまえば、それは楽かもしれないが自分の成長はなくなる。成長するのに近道なし、これでよいという道を保証されてそれを歩んでいくところに成長なし。自分の成長は、未知なる領域に、不安と希望を持ちながら、勇気を持って日々精進すること、そこには近道はない。正しい答えが用意されているわけではない、自分が精進した結果が答えなのだ、そういうことではないでしょうか。

【2005/07/29】  この記事のURL | 大山倍達かく語りき | ▲ top
私のヒーリング体験(3)-オーラソーマ-
ホリスティック医学の会合では、定例会が終わってからお酒を飲みながら交流会を開く習慣になっていました。その場では、いろいろなビラが配られ、今度こういう企画がありますという情報を知ることができました。

ある時、「オーラソーマ」なるものの、セッションが受けられるというチラシが配られました。もちろん、それが何なのか全く知りません。そのとき、迷いの周期に入っており、自分がセラピーを受けたいと思っている時でした。集団が嫌い、人見知りが強い、高いお金を払ってすることは嫌、余分な時間をとられたくないなど、非常にわがままな私です。しかし、そのセッションが、自宅近くで適当な値段で、しかも時間的にもOKという時に受けられそうでした。「これは運命だ!」そう信じた私は予約をすることにしました。ただ、医者しかも表向き心療内科医という立場で、セラピーが受けたいというのもばつが悪く、はじめは立場を隠して電話をしました。しかし、嘘が下手な私は、いくつか質問されるうちに、あっさり白状してしまいました。

どきどきしながら、会場に行き時間を待ちました。そこでであった女性は、独特の雰囲気を持つ方でした。どうして今回受けようと思ったか、何を悩んでいるかなどの質問をされたました。その後、明るい庭に向かう障子の戸をバッと開けらると、そこには日の光に照らされた数多くの二層に分かれたカラーボトルが並べてありました。その中から、3つ選んで、好きな順に並べろと指示されました。「似たようなものが、こんなにたくさんあるのに選べないよ」と思いましたが、よく見ると「これは違うな」「これは絶対違う、こんなの選ぶやついるわけねーだろ」とか思えてきます。そして何となく3本選ぶことができました。

そこから、そのボトルのリーディングが始まるわけです。詳しいことは忘れましたが、結局「自分には、人の精神的危機に援助する資質がある。この先も自分を信じて進んでいけばよい」という感じでした。それが何なのかはわかりませんが、自分の迷いが吹っ切れたことは確かです。本当に必要だったのは、怖じ気づいている自分を後押ししてくれる一言だったのかもしれません。自分の心理状態をいろいろ解説されるより、どんなにすばらしいことか。その人の悩みのレベルにもよるでしょうが、少なくともそのときの私にはビンゴでした。

カラーボトルのリーディングなるものが何だったのかわかりません。私の心の状態を見抜いてそういってくれたのか、そのボトルは本当にそういう物だったのか・・・

オーラソーマ体験には後日談があります。好きなボトルは心理状態で変わるんですよと、そのとき言われたのですが眉唾でした。「そんなもの自分の好みだからそうそうかわるもんかい」と思っていました。後に、ホリスティック医学協会でオーラソーマのワークショップを開きました。そのとき、そのボトルに再び私は出会ったのです。例によって3選ぶ。するとどうでしょう。数年間に見たときと、ボトルの見え方が全く違う。どう考えても、以前のボトルはぴんとこない。そして、以前見たときは、そんなもん選ぶやついるのかと思っていたボトルが妙に気になる。不思議な体験でした。どうも心理状態というのは物の見え方感じ方を大きく変えるようです。自分はいつも同じだと思っているのは錯覚で、私たちは日々バージョンアップされているようですよ。
【2005/07/17】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
私のヒーリング体験(2)-ホリスティック医学-
私が迷いに迷っている頃、以前に書きましたようにホリスティック医学というものに出会いました。全く偶然のであいでした。内科学と心身医学を専攻し、主に心療内科的治療の修行中でした。大学の中では、何を語るにしても正統な医学的根拠、文献的根拠がなければ戯れ言にすぎません。「私はこう思う」ではなく「文献的には○○というデータがある」と言わなくてはなりません。「個」を見るとき、マスとしてデータは参考にはなっても答えではありません。そういうプレッシャーと矛盾で悩んでいました。

ある年の心身医学会で九州大学心療内科の同門の先生に「ホリスティック医学」なるものを紹介されました。それは、簡単に言えば「個を大切にする、個の物語を大切にする医学」「西洋医学の枠組みにとらわれず、有効な方法なら何でも取り入れていこうという医学」でした。迷いを感じていた自分には非常にインパクトのある世界観でした。本来、心身医学もそういう学問のはずだったのですが、心身医学すら、実証主義にとらわれすぎて「心理学」「実験医学」へのとらわれが強くなってきていると感じていました。

まもなく開かれた日本ホリスティック医学協会の学会に参加することができました。全体的には、非常に新鮮で魅力を感じましたが、アンチ西洋医学的ニュアンスが強いことが気にはなりました。その学会の発行物に東海ホリスティック医学振興会が紹介されていました。「名古屋にもこういうドクターがいるんだ」そう思ったらいてもたってもいられなくなり、人見知りの強い私としては、初めての行動ともいえるのですが、見ず知らずのドクターに電話をしたわけです。後に直接お会いして話をすることがでいました。そのドクターは想像以上に心の広い方で、私の緊張感はすぐになくなり、昔から知っている人のようにリラックスして話をすることができました。その日が、私が生まれ変わる第一歩だったように思います。

集団に所属することが苦手な私でしたが、その会には籍を置くことにしました。それからしばらくして、日本ホリスティック医学協会からも「中部支部」立ち上げるという話があり、発起人の一人として参加することになりました。そこでもまた新たに志を同じくするドクターに出会うことができました。そのころであった方々に、それまで自分が考えていたことをありのままに語り、ディスカッションできたことは貴重な体験でした。

その後、定例会を開くに至り、そこからはドクターだけではなく、東洋医学、ヨガ、気功、その他民間療法、医療側だけでなく、患者の立場で参加される方々などなど、多くの出会いがありました。大学の検討会では常に文献やデータを元に話をせざるを得なくて、知識がどれだけあるか、どれだけ文献を読んでいるかが重要なことです。知らないと言うことは恥、能力がない、頭が悪いと見なされる恐れがつきまといます。しかし、その会で私は初めて、「何の根拠もないが自分がこれまで経験してきたこと、何の根拠もないがそう思うということ」を大勢の前で語る機会を得ました。何を話しても否定されることなく、むしろ違う畑の人の新鮮な話として好意的に受け止めてもらえるわけです。初めて、ありのままの自分をどうどうとさらけ出す経験ができました。

治療において、自助グループというものがあります。そこでは「言いっぱなしの聞きっぱなし」「そこで語られたことは外には持ち出さない」というルールで自らをさらけ出すという場です。ホリスティック医学の活動は、まさに私にとって自助グループのような場でした。そういった経験の中で、やっと自分は自分であるという自尊心を持てるようになっていった気がしています。

その後、「やはり自分の道は心身医学である」とはっきり思えるのに10年かかりました。そう思えるようになり、その会から離れ、本来の自分のフィールドでの診療に専念することができるようになりました。あの会は、迷える私を受け入れ、自立できるまで支えてくれた母性的な場であったような気がします。
【2005/07/17】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
私のヒーリング体験(1)-迷いの中で-
医師になって20年になりますが、これまでの道のりは不安と迷いの連続でした。

こんなことを書くと、患者さんの立場からすれば何て頼りない、何ていい加減なんだと思われるかもしれませんが、心療内科の分野はまだまだ学問的には未熟であり、特に治療法に至ってはわからないことだらけです。例えば内科学にしても、日常よく遭遇する疾患の治療法は、ある程度確立されています。「今日の治療指針」という本を読めば、何をどうすればよいか書いてあります。診断治療自体、機械論的なので、診断にしても治療にしても、理屈がすっきりしています。

心療内科はと言えば、そもそもそういった機械論的な医学へのアンチテーゼとして、その人その人固有の要素、固有の物語を大事にすることをモットーに始まっているわけです。ですから、治療法は人の数だけあるということになります。それは大げさとしても、何をどうすればどうなるという、医療側主導では治療が成立しません。ある意味、どうすればよくなるのか、患者さんに教えてもらいながら進めていくような感じです。

いくら経験を積んでも、初めて会う患者さんに対しては常に初心者というわけですから、なかなか治療への自信も持てないわけです。そういう事情の中で治療に関わり、思ったような展開が起こらず、逆に自分が追いつめられるような流れになることはしばしばありました。そういう中、自分自身が自信を失い、道に迷い、今後どうしてよいかわからない・・・・そういう気持ちに深く陥ることが周期的にありました、10年くらい前のことです。

そういう時期、自分自身が癒しを求めたくなり、思い切って○○セラピーにいったことがあります。そのときの体験は自分にとって非常に重要な意味があったと思います。その経験を少しお話ししたいと思います。
【2005/07/17】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
大山倍達かく語りき(4)
他人の成功からは「人を学べ」、他人の失敗からは「事」を学べ
他人が成功した事柄を真似したところで何の意味もない。そうではなく、その事柄を成し遂げた人物の着眼や発想、実行カ、努カなどを学ぷべきだ。他人が失敗した場合には、その事柄がなぜうまくいかなかったのか学ぶベきだ。大山談

これを見たとき、大変心を打たれました。そう、その通りだ、でも世間では全くその逆だと思いました。この言葉が大山先生の言葉なのか、大山先生が何かで知ってそれを自分の言葉にしているのか、いろいろ調べましたが未だにわかりません。まあ出所はどうでもいいですね。

今の世情に照らしてみましょう。他人が成功したら「なになに、どうやってやったの?何を使ったの?、どの方法がよかったの?何が効いたの?」と方法を詮索します。そして他人が失敗すると「あいつは何をやってもだめだな」とか「あの人~だったそうよ」といううわさ話に花が咲きます。そのような言動がいかに下品なことか・・・

他にもこういうことがよくありましたね。ブルガリアの人は長生きだ→ヨーグルトがいい。沖縄の人は長生きだ→沖縄の食べ物は何だ。○○ダイエットで大成功・・などなど。方法を並べ立て、それで商売するのもまた下品。成功した人も、すぐに本を書きたがる人が多い「私はこうして成功した」ってね。本当に大切なことは、なかなか自分でもわからないものだ。成功した人の生き様をみて、人がそこから何を学ぶかだ、大切なことは。だから、人によって何を学ぶかもいろいろだろう。

他人の失敗からは、出来事を学び、自分の身に置き換えてみる、そして自らを戒めることが大切だ。失敗しただけで、人は傷つき、落ち込んでいるのに、さらに人格まで辱めるのはどう考えても下品だ。

このように、世間には非常によくない風潮があります。それに流されず、大山先生の言葉を胸にとどめ、よりよい学びの姿勢をもちましょうね。
【2005/07/09】  この記事のURL | 大山倍達かく語りき | ▲ top
ホリスティックな人々(5)-自然治癒力-
ホリスティック医学協会の会合には、様々な立場の人が参加されます。医療を行う側(西洋医学、東洋医学、その他の代替療法)、医療を受ける側をはじめ、教育界の方、占い師の方など、本当にいろいろな方々との出会いがありました。それぞれが、印象的で、心に残る出来事、お話がたくさんあります。その中で、驚きと感動を受けた自然治癒のお話を紹介します。

進行ガンの自然治癒という話は、書物ではよく目にしますし、うわさ話としてはしばしば耳にします。西洋医学ではそれはないことになっているので、もし自然治癒したという話をだせば「それはガンじゃなかったんでしょうね」と言われておしまいになります。興味を持って受け入れられることはありません。私は昔から人のもつ自然治癒力というものに強い関心を抱いていたので、「サイモントン療法をはじめとするガンのイメージ療法」、アンドリューワイル博士の著書などよく読んでいました。

医者が末期であると診断した進行ガンから、自然治癒により生還した人に会ったことはそれが初めてでした。もちろん、ガン患者の会「いずみの会」の会長さんも存じていましたし、そこでの成績(末期ガンと診断された患者さんが、いずみの会に参加することで、医学的見解を超えて生存している)も知っていました。しかし、詳細な個人の体験を直接聞くのは初めてでした。その話はこうです。

「ある会社の経営者の方が、ある時に肺ガンと診断されました。はじめは通常の西洋医学的治療を受けていました。肺ガンはガンの中でも悪性度が高いので、(種類によりますが)生命予後はあまり芳しくありません。病状が進行していく中、何とか助かりたいと思い、関東の大学病院までその当時の最先端の陽子線治療を受けに行きました。しかし、それでも病気の進行を止めることはできず、ついに、食事中に喀血するようになり、死を予感するようになりました。

死の恐怖から逃れるため、あるお寺を訪ねていき、『おい坊主、おれはもうすぐ死ぬ。なんとか死の恐怖から逃れられる方法を教えてくれ』とすがりました。そのときのお坊さんの答えは『そんな方法はない』というものでした。その瞬間、自分の中で大きな変化が起こりました。『そうか、死の恐怖から逃れる方法はないのか。自分はこれまで、家族を始め多くの人に迷惑をかけて自分が好きなことばかりしてきた。どうせ死ぬのなら、残りの人生は、せめて人のためなることをしよう』そう心に誓いました。

その後は、病気のことは横において、ボランティアなど考えられる方法で、人のために何かをしようとつとめました。そういう時間が流れていく中で、ある時、肺ガンの検査にいったら、ガンが消失していたということです」

記憶をたどって、書いていますので細かい部分は違うかもしれないし、私の妄想が混ざっているかもしれません。ただ、末期の肺ガンから回復して健康な日々を過ごしておられるのは事実です。それは何をどう疑おうが事実です。いろいろな解釈はあるでしょう。「思っているほど悪性度は高くなく、陽子線療法が奏功したのだ」と医者は言うかもしれません。考え方が変わり、行動が変わり、免疫力が変化して自然治癒したというのはあくまでも想像です。何の証拠もありません。それを信じるもよし、信じぬもよし、個人のかってでしょう。それならば、私はそういうこともあるのだと信じたいと思います。人が覚悟を決め、迷いなく生きようとするとき、心身のパワーが最高に高まるのだということを。
【2005/07/09】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。