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私のヒーリング体験(4)-イメージワーク-
今年の夏は嫌な暑さがつづいた。昔はどうだったのだろうと不思議に思う。だって、クーラーもなかったんだよ。ぼろい扇風機一台、蚊帳の中に入って寝ていたわけだ。今の暑さだったら、とてもその環境では過ごせないような気がするが・・

暑さもやっとすぎたようで、夜は虫の声、涼しくなったものだ。というわけで、そろそろブログを書きやすくなってきた。まるで、書けなかったのは、異常に暑かったからだといわんばかり、言い訳だな。バイオリズムというか、人間には意志の力を越えたリズムってのがあるような気がする。そもそも意志の力ってのが怪しい。自分が思っている自分なんてのは、自分自分のほんの一部なんだろうと思う。それを思い知ったエピソードを紹介する。

以前に白状したように、追いつめられて自分自身が癒しを求めていた時代があった。その時期にいろいろ体験したのだが、インパクトが一番つよかったのは、「イメージワーク」というやつだった。

講師は外国人の女性ディナ・グローバーマン、通訳付きである。集団で、イメージ誘導をうけるわけだ。英語の指示を通訳が日本語で伝える・・そんなんで、何がどうなるわけ、私の眉はつばだらけだ。

皆で輪になって、目を閉じる。
「あなたは動物です」
おっきたきたって感じだ。
「どんな動物ですか、その動物の動きをしましょう」。
私はなぜが「ロバ」が浮かんだ。先入観バリバリなので、どーせ~って話でしょって思いながら誘導に従っていた。でもせっかくやるなら、真剣にやるかって思った。
「その動物はどこにいますか。周りを見渡しましょう」
ハイジの見過ぎか、アルプスの山小屋につながれた光景だ。
「さあ、そこから歩いていきましょう」
どーせ、卑屈な自分の象徴はロバで、綱につながれた存在ってことなんでしょとか、ひねくれたことを想像した。それでも、言うとおりに想像していたら、浅くて小さな川にたどり着いた。しょうがないから、その川に沿って歩いていった。
すると、川がだんだん深くなっていき、足下に藻みたいな植物が絡まってきて足取りが重い。川も深くて、いよいよ歩けない。
「今、あなたを誰かが見ています」
えっ、誰々?周りを見渡すと、真っ白い布をまとって、白い長いひげをはやした老人が立っているではないか!
「その人が、あなたに語りかけます」
えっ、何々?「何も恐れることはない、迷わず進め!」
すると、ロバだった自分がペガサスのように羽の生えた馬になり、川から解き放たれ、軽やかに舞っていくではないか!

その後、どういう体験をしたのか、グループでシェアしましょう、ということになった。私は、話をしようとしても、あふれる涙で言葉にならない。眉唾でやっていて、途中もいろいろ、変な想像をしながらやっていたのに、結果はこれだ。人前で泣くなんて、そんな体験初めてだ。
その後、どうやっても涙が止まらず、話ができなかった。嗚咽していた。
そうだ、その言葉を言ってほしかったのだ、自分がほしかったのはそれだけだったのだ「何も恐れず、迷わず進め」その言葉を、外に求めていた。けれど、それは自分の内にあったのだ。

その体験を通じて理解したのは、自分の答えは自分の中にあるということだった。あまりにショックな体験であり、心の目を開かされる体験であった。

ただ、一緒に参加していた人の中には、何も変化が起こらなかった人もいた。私は、疑いながらも信じることを欲する単純な人間なんだろうな。

ディナ・グローバーマンの著書
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【2005/09/11】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
私のヒーリング体験(3)-オーラソーマ-
ホリスティック医学の会合では、定例会が終わってからお酒を飲みながら交流会を開く習慣になっていました。その場では、いろいろなビラが配られ、今度こういう企画がありますという情報を知ることができました。

ある時、「オーラソーマ」なるものの、セッションが受けられるというチラシが配られました。もちろん、それが何なのか全く知りません。そのとき、迷いの周期に入っており、自分がセラピーを受けたいと思っている時でした。集団が嫌い、人見知りが強い、高いお金を払ってすることは嫌、余分な時間をとられたくないなど、非常にわがままな私です。しかし、そのセッションが、自宅近くで適当な値段で、しかも時間的にもOKという時に受けられそうでした。「これは運命だ!」そう信じた私は予約をすることにしました。ただ、医者しかも表向き心療内科医という立場で、セラピーが受けたいというのもばつが悪く、はじめは立場を隠して電話をしました。しかし、嘘が下手な私は、いくつか質問されるうちに、あっさり白状してしまいました。

どきどきしながら、会場に行き時間を待ちました。そこでであった女性は、独特の雰囲気を持つ方でした。どうして今回受けようと思ったか、何を悩んでいるかなどの質問をされたました。その後、明るい庭に向かう障子の戸をバッと開けらると、そこには日の光に照らされた数多くの二層に分かれたカラーボトルが並べてありました。その中から、3つ選んで、好きな順に並べろと指示されました。「似たようなものが、こんなにたくさんあるのに選べないよ」と思いましたが、よく見ると「これは違うな」「これは絶対違う、こんなの選ぶやついるわけねーだろ」とか思えてきます。そして何となく3本選ぶことができました。

そこから、そのボトルのリーディングが始まるわけです。詳しいことは忘れましたが、結局「自分には、人の精神的危機に援助する資質がある。この先も自分を信じて進んでいけばよい」という感じでした。それが何なのかはわかりませんが、自分の迷いが吹っ切れたことは確かです。本当に必要だったのは、怖じ気づいている自分を後押ししてくれる一言だったのかもしれません。自分の心理状態をいろいろ解説されるより、どんなにすばらしいことか。その人の悩みのレベルにもよるでしょうが、少なくともそのときの私にはビンゴでした。

カラーボトルのリーディングなるものが何だったのかわかりません。私の心の状態を見抜いてそういってくれたのか、そのボトルは本当にそういう物だったのか・・・

オーラソーマ体験には後日談があります。好きなボトルは心理状態で変わるんですよと、そのとき言われたのですが眉唾でした。「そんなもの自分の好みだからそうそうかわるもんかい」と思っていました。後に、ホリスティック医学協会でオーラソーマのワークショップを開きました。そのとき、そのボトルに再び私は出会ったのです。例によって3選ぶ。するとどうでしょう。数年間に見たときと、ボトルの見え方が全く違う。どう考えても、以前のボトルはぴんとこない。そして、以前見たときは、そんなもん選ぶやついるのかと思っていたボトルが妙に気になる。不思議な体験でした。どうも心理状態というのは物の見え方感じ方を大きく変えるようです。自分はいつも同じだと思っているのは錯覚で、私たちは日々バージョンアップされているようですよ。
【2005/07/17】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
私のヒーリング体験(2)-ホリスティック医学-
私が迷いに迷っている頃、以前に書きましたようにホリスティック医学というものに出会いました。全く偶然のであいでした。内科学と心身医学を専攻し、主に心療内科的治療の修行中でした。大学の中では、何を語るにしても正統な医学的根拠、文献的根拠がなければ戯れ言にすぎません。「私はこう思う」ではなく「文献的には○○というデータがある」と言わなくてはなりません。「個」を見るとき、マスとしてデータは参考にはなっても答えではありません。そういうプレッシャーと矛盾で悩んでいました。

ある年の心身医学会で九州大学心療内科の同門の先生に「ホリスティック医学」なるものを紹介されました。それは、簡単に言えば「個を大切にする、個の物語を大切にする医学」「西洋医学の枠組みにとらわれず、有効な方法なら何でも取り入れていこうという医学」でした。迷いを感じていた自分には非常にインパクトのある世界観でした。本来、心身医学もそういう学問のはずだったのですが、心身医学すら、実証主義にとらわれすぎて「心理学」「実験医学」へのとらわれが強くなってきていると感じていました。

まもなく開かれた日本ホリスティック医学協会の学会に参加することができました。全体的には、非常に新鮮で魅力を感じましたが、アンチ西洋医学的ニュアンスが強いことが気にはなりました。その学会の発行物に東海ホリスティック医学振興会が紹介されていました。「名古屋にもこういうドクターがいるんだ」そう思ったらいてもたってもいられなくなり、人見知りの強い私としては、初めての行動ともいえるのですが、見ず知らずのドクターに電話をしたわけです。後に直接お会いして話をすることがでいました。そのドクターは想像以上に心の広い方で、私の緊張感はすぐになくなり、昔から知っている人のようにリラックスして話をすることができました。その日が、私が生まれ変わる第一歩だったように思います。

集団に所属することが苦手な私でしたが、その会には籍を置くことにしました。それからしばらくして、日本ホリスティック医学協会からも「中部支部」立ち上げるという話があり、発起人の一人として参加することになりました。そこでもまた新たに志を同じくするドクターに出会うことができました。そのころであった方々に、それまで自分が考えていたことをありのままに語り、ディスカッションできたことは貴重な体験でした。

その後、定例会を開くに至り、そこからはドクターだけではなく、東洋医学、ヨガ、気功、その他民間療法、医療側だけでなく、患者の立場で参加される方々などなど、多くの出会いがありました。大学の検討会では常に文献やデータを元に話をせざるを得なくて、知識がどれだけあるか、どれだけ文献を読んでいるかが重要なことです。知らないと言うことは恥、能力がない、頭が悪いと見なされる恐れがつきまといます。しかし、その会で私は初めて、「何の根拠もないが自分がこれまで経験してきたこと、何の根拠もないがそう思うということ」を大勢の前で語る機会を得ました。何を話しても否定されることなく、むしろ違う畑の人の新鮮な話として好意的に受け止めてもらえるわけです。初めて、ありのままの自分をどうどうとさらけ出す経験ができました。

治療において、自助グループというものがあります。そこでは「言いっぱなしの聞きっぱなし」「そこで語られたことは外には持ち出さない」というルールで自らをさらけ出すという場です。ホリスティック医学の活動は、まさに私にとって自助グループのような場でした。そういった経験の中で、やっと自分は自分であるという自尊心を持てるようになっていった気がしています。

その後、「やはり自分の道は心身医学である」とはっきり思えるのに10年かかりました。そう思えるようになり、その会から離れ、本来の自分のフィールドでの診療に専念することができるようになりました。あの会は、迷える私を受け入れ、自立できるまで支えてくれた母性的な場であったような気がします。
【2005/07/17】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
私のヒーリング体験(1)-迷いの中で-
医師になって20年になりますが、これまでの道のりは不安と迷いの連続でした。

こんなことを書くと、患者さんの立場からすれば何て頼りない、何ていい加減なんだと思われるかもしれませんが、心療内科の分野はまだまだ学問的には未熟であり、特に治療法に至ってはわからないことだらけです。例えば内科学にしても、日常よく遭遇する疾患の治療法は、ある程度確立されています。「今日の治療指針」という本を読めば、何をどうすればよいか書いてあります。診断治療自体、機械論的なので、診断にしても治療にしても、理屈がすっきりしています。

心療内科はと言えば、そもそもそういった機械論的な医学へのアンチテーゼとして、その人その人固有の要素、固有の物語を大事にすることをモットーに始まっているわけです。ですから、治療法は人の数だけあるということになります。それは大げさとしても、何をどうすればどうなるという、医療側主導では治療が成立しません。ある意味、どうすればよくなるのか、患者さんに教えてもらいながら進めていくような感じです。

いくら経験を積んでも、初めて会う患者さんに対しては常に初心者というわけですから、なかなか治療への自信も持てないわけです。そういう事情の中で治療に関わり、思ったような展開が起こらず、逆に自分が追いつめられるような流れになることはしばしばありました。そういう中、自分自身が自信を失い、道に迷い、今後どうしてよいかわからない・・・・そういう気持ちに深く陥ることが周期的にありました、10年くらい前のことです。

そういう時期、自分自身が癒しを求めたくなり、思い切って○○セラピーにいったことがあります。そのときの体験は自分にとって非常に重要な意味があったと思います。その経験を少しお話ししたいと思います。
【2005/07/17】  この記事のURL | 私のヒーリング体験 | ▲ top
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