スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/--】  この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
子供の教育

全国一斉学力テストが43年ぶりに施行されたそうな。そうか、私が小学校に上がる直前までやっていたんだ。学校の時は、学内の一斉テストがしょっちゅうあって、良い点を取ると星一つって感じで、それが何個かたまると、朝礼の時間に「十回賞~五十回賞」とかいって、表彰されていたな。中学に行けば、中部統一テストとかいうのがあって、高校を選択するために利用されていた。学校の中間テストや期末テストでは順位が全部張り出された。何番以内に入ることを目標に頑張ったな。そんなこんなでテストばっかりだった。競争の激化が・・・とかいっているが、昔はテストばっかやっていたけど、そんな風にならなかったぞ。

美術も、音楽も、体育もテストがしょっちゅうあって、自分の苦手な科目ではびくびくしながら過ごしたもんだ。意外なやつが異常に歌かうまかったり、何か特殊能力があったりして、クラスメートを驚かせたりした。当然、クラス内では、自然にそれぞれの分野の序列ができる。計算力では○○、漢字の書き取りは○○、暗記力は○○、走るのは○○、器械体操は○○、球技は○○、美術は○○、歌は○○、書道は○○・・・てな具合で、それぞれできるやつは一目置かれていたわけだ。何にも目立った能力がなくても、それはそれで普通に生きていた。いじめられるやつもいたが、いじめられるやつはブームみたいなのがあった気がするな。ブームが過ぎ去れば、そいつも普通に仲良くしたりしてね。別に大人が口を挟まない、介入しない状態で、何となくバランスがとれていた。

ただ、言えることは先生も、大人も怖かった。大人に怒られないように、怒られない範囲で悪さをしていたわけだ。見つかったりすると、次の日に学校にいくときはどきどきだ。どういう処罰がくだされるのか・・どういう処分になっても、子供は大人に文句はいわなかった。言えるはずがなかったわけだ。

それがいつの間にか大人が子供におもねるようになった。子供の顔色をうかがうようになったんだな。コンビニや他の店のレジで不思議な光景を目にするね。子供が買い物にくると、大人が、○円でございます。お買い上げありがとうございました。見たいなやりとり。昔なら、「おばちゃんこれいくら?」「○円だよ。はい、ありがとね。気をつけて帰るんだよ」みたいな、子供に対しては大人の立場で接したものだ。

どうして大人が子供にこびるようになったのかね。どうして子供に頭が上がらなくなったのかね?

この問題を考える時、いろいろな立場の人がいろいろな角度から意見をいうので、まあ何が正しいのかよくわからんし、それぞれみなの言い分は正のだろうけど、一番大きな問題はこれじゃないかと思うことがある。

今の産業構造の問題だ。漫画、アニメ、ゲーム、インターネット、メール、携帯電話、ファッション・・・などなど、みな子供を食い物にしているものばっかりが景気がいい。子供産業がオプションではなくて、主産業になっていやがる。子供を出汁にして商売しているって事だ。

それが教育上どういう影響があろうがお構いなしだ。あの手この手で売るわ売るわ・・・最悪の産業は携帯電話だろうな。子供らしさを完全に崩壊させたアイテムだ。

携帯電話、携帯メールがなかったら、子供は完全に大人の管轄下に置かれることになる。昔、友達からの連絡といえば家の電話にかけてくるのが当然だった。ということは親がしらないところで何かするのは困難だということだ。かける方だって、好きな女の子に電話するっていえば、悪友何人かに励まされて、公衆電話から「・・・あの・・○○さんのお宅ですか。同級生の○○と言いますけど、○○さんをお願いします・・・」と言えるかどうか、最後まで言わせてもらえるか、取り次いでもらえるか・・命がけだ。長電話でもしようものなら、親が横でイライラしはじめたり、聞き耳をたてていたりで落ち着かない。電話が終われば「誰から?」と当然聞かれるわな、ごまかしきれるもんじゃないわな。
というわけで、大人文化の端っこの方で、大人の許してくれる範囲の行動しか、子供にはゆるされていなかったわけだ。

それが今はどうだ。電話だって内緒だ。電話代が高くなると怒られるが、メールなら楽勝だ。ご丁寧にパケホーダイとかだったら、何をどれだけやったって誰も知るよしもない。メールは電話ほどの緊張感はないからやりやすいしな。
というわけで、心を砕き、心をひやひやさせながら、勇気を振り絞って、大人の目をかいくぐり、言い訳を考えつつ、一か八かの行動をするというような心のトレーニングはできなくなったってわけだ。それに電話や手紙じゃあ、リアルタイムのコミュニケーションはできない。夜中は電話はかけれないし、誰がでるかわからないし、相手がいなきゃ終わりだし、手紙はいつとどいたのか、よんでもらえたのか、返事がくるのか、待つのに時間がかかる。それに筆跡もまるだしだ。漢字しっているかどうか教養も丸出しだ。

そういう子供が心を砕きながら大人のまねごとをするトレーニングの機会を、便利な道具がことごとく奪っていってくれるというわけだ。子供の弱みにつけ込んで、子供が飛びつく商売をどうどうとする。

健康にわるいのでたばこは吸いすぎるなといって、たばこをうる。アルコール依存症の怖さをうってながら、簡単にアルコールを売る。さらにさらに、命の大切さを訴えながら武器をうる・・・・そういうのと根っこは同じだ。きれい事をいっても、腹ん中はみえみえよってのが、子供にバレバレで、そんなんでどうやって子供に威厳がもてるのか。

子供をだまして産業が成立する社会のどこに教育があるのか、バカバカしくて話にならん。昔は、どんなに困っても子供を出汁にするような商売はゆるされないという文化があった。子供はきっぱり大人社会から差別されていたのだ。子供を汚いものから守り、より健全に育ってほしいから。

子供を出汁にする商売や、金貸しなどなど、昔は外道の商売とされていたものが、表舞台で一番景気が良く輝いている。それに目をつぶって、一斉テストがどうの、いじめがどうの、競争がどうのなどどいう議論はどうなんだ。そういう本質的な問題を解決できもしない大人に、何ができるというのか。

まあ、そんなことを言っても社会は変わらないので、せめて自分の手の届く範囲ではけじめのある文化をつくりたいものだ。実際できてないけどね。なんとかしたいね。

スポンサーサイト
【2007/05/08】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
八卦見-古人の知恵

わたしの叔母は、ある時から突然「力」を授かり、その後の多くの人々の力になるという運命を背負って生きた。力の源は誰かから受け継いだ「だるまさん」だった。私も、幼い頃から疑いもなく特殊な力のある「だるまさんの叔母さん」と信じていた。

叔母さんのやっていたことは次のようなことだ。
1.まず困った人が相談にくる。その内容を、十分時間をかけて、決して妨げることなく、言いたいことを全部きく。
2.その後、おもむろに、立ち上がり「だるまさん」に向かってお祈りを唱える。そして、どうしたらよいか「だるまさん」に尋ねる。
3.いろいろな解決法を叔母さんが「だるまさん」に聞く。そうすると、ある一つの方法を尋ねたときだけ「だるまさん」がふっと軽く持ち上がる。それ以外の方法を尋ねても決して上がらない。
4.おばさんは「だるまさんは~が良くないから、~しなさいと言っているよ」と教えてくれる。
5.そして、最後に御加持といって、般若心経を唱えながら、数珠をもった手で背中を中心にマッサージのようにほぐしてくれる。

やることは、以上のようなことだった。その一連の行為を神聖な気持ちで、皆が待ち、受け入れるという儀式だった。「だるまさん」が言うことはだいたい一緒だった。「家の○の方角が汚れている。そこをまず、清めて、その後、般若心経を○回唱えなさい」というものだった。「だるまさん」のいう方角には、なぜかいつも何か問題があったので、ああそういうことかと納得したものだ。そして、その後課せられる般若心経を唱える回数が尋常じゃない。何千回という回数だった気がする。一度に、そんなに唱えられるはずがない。毎日夜何回、一人で出来ないときは家族で分担して何回ずつとかやって、合計その回数になるように頑張っていた。

そうすると、不思議なことにたいていのトラブル、問題は解決していったものだ。そして、さらに「だるまさん」への信仰が深まり、何でもかんでも、困ったら「だるまさん」という風になっていた気がする。そして、ある時、その方法でも解決しない出来事に遭遇し、あるいは従ったのに、よい結果にはならなかったという経験をし、そこから離れていくのである。それに、叔母さんが高齢になり昔のようなパワーがなくなり、訪問者はどんどん減っていった気がする。

今になり、その出来事は何だったのだろうかと考える。私は、完全に近代科学教育に洗脳されて育ってきたので、何でも現代風に解釈したくなる。本当のことは、誰にもわからないけれど、あの方法はずばらしい技術だったと痛感するのである。

つまり、こういうことだ。
1.人の心は弱い。何か問題が起こったとき、何が原因なのかはっきりさせたくなる、というより、曖昧で宙ぶらりんの不安に耐えられない。そういうとき、余計なことをして、問題をこじらせていくのが世の常だ。
2.叔母さんは問題の原因を「○○の方角が汚れている」という誰も傷つかない、誰にせいでもない出来事に帰結する。そうすることで、とりあえず、余計なことを考えずにすむわけだ。
3.そして般若心経を唱えさせる。しかもものすごい数だ。1000回として、一日100回で10日、10000回だと100回で100日・・。一日100回般若心経を唱えると、夜は自然に過ぎていく、余計なことを考えずに時が過ぎる。そうやって何日もすごす。
4.たいていの物事は、余計なことをしなければ、自然に何とかなっていくものだ。不安に負けて、余計なことをするから、こじれていくのだ。それを、こういった、利害関係のない、誰のせいでもない、何かしら良いことをしている気になることをやり続けることで、時間を稼ぐわけだ。

誰のせいでもない原因に帰結し、神聖な気持ちになれる行為で時間を過ごす、そうしている間に、何とかなることは自然になんとかなる。ほとんどの問題は、こうして何とかなっていくものなのだろう。こんな考え方は、罰当たりなことなのかもしれない。何かもっと違う力が作用していたのかもしれない。

ただ、思うことは、今の病院での治療に、これほどの力があるだろうかという疑問だ。理屈ばっかりで、思考をこねくり回し、考えを変える技術などなど、そんな行為にはさらなる疑問や理屈が増殖するだけだ。私たちが無くしてしまった方法は、考えないようにする技術、煩悩を行動で昇華する技術(お百度参り、水かぶり、滝行、五寸釘とわら人形などなど)ではないだろうか。人の心は思うようにいかぬ物、自分が思っているより、心は遙かに複雑だ。心のバランスを取る方法は、実はこういった神秘的な領域にヒントがあるのだろう。闇に光を照らし、何もかも表に引きずり出し、理屈でこねくり回し、科学的に解釈する。そうやって、闇の力をおとしめてきたことが、結果として自分を追い詰めていることにそろそろ気づくべきだろう。そうしないと、そのうち偽物の新興宗教に飲み込まれていってしまうぞ~、気をつけろ!

【2006/07/29】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
ホリスティックな人々(5)-自然治癒力-
ホリスティック医学協会の会合には、様々な立場の人が参加されます。医療を行う側(西洋医学、東洋医学、その他の代替療法)、医療を受ける側をはじめ、教育界の方、占い師の方など、本当にいろいろな方々との出会いがありました。それぞれが、印象的で、心に残る出来事、お話がたくさんあります。その中で、驚きと感動を受けた自然治癒のお話を紹介します。

進行ガンの自然治癒という話は、書物ではよく目にしますし、うわさ話としてはしばしば耳にします。西洋医学ではそれはないことになっているので、もし自然治癒したという話をだせば「それはガンじゃなかったんでしょうね」と言われておしまいになります。興味を持って受け入れられることはありません。私は昔から人のもつ自然治癒力というものに強い関心を抱いていたので、「サイモントン療法をはじめとするガンのイメージ療法」、アンドリューワイル博士の著書などよく読んでいました。

医者が末期であると診断した進行ガンから、自然治癒により生還した人に会ったことはそれが初めてでした。もちろん、ガン患者の会「いずみの会」の会長さんも存じていましたし、そこでの成績(末期ガンと診断された患者さんが、いずみの会に参加することで、医学的見解を超えて生存している)も知っていました。しかし、詳細な個人の体験を直接聞くのは初めてでした。その話はこうです。

「ある会社の経営者の方が、ある時に肺ガンと診断されました。はじめは通常の西洋医学的治療を受けていました。肺ガンはガンの中でも悪性度が高いので、(種類によりますが)生命予後はあまり芳しくありません。病状が進行していく中、何とか助かりたいと思い、関東の大学病院までその当時の最先端の陽子線治療を受けに行きました。しかし、それでも病気の進行を止めることはできず、ついに、食事中に喀血するようになり、死を予感するようになりました。

死の恐怖から逃れるため、あるお寺を訪ねていき、『おい坊主、おれはもうすぐ死ぬ。なんとか死の恐怖から逃れられる方法を教えてくれ』とすがりました。そのときのお坊さんの答えは『そんな方法はない』というものでした。その瞬間、自分の中で大きな変化が起こりました。『そうか、死の恐怖から逃れる方法はないのか。自分はこれまで、家族を始め多くの人に迷惑をかけて自分が好きなことばかりしてきた。どうせ死ぬのなら、残りの人生は、せめて人のためなることをしよう』そう心に誓いました。

その後は、病気のことは横において、ボランティアなど考えられる方法で、人のために何かをしようとつとめました。そういう時間が流れていく中で、ある時、肺ガンの検査にいったら、ガンが消失していたということです」

記憶をたどって、書いていますので細かい部分は違うかもしれないし、私の妄想が混ざっているかもしれません。ただ、末期の肺ガンから回復して健康な日々を過ごしておられるのは事実です。それは何をどう疑おうが事実です。いろいろな解釈はあるでしょう。「思っているほど悪性度は高くなく、陽子線療法が奏功したのだ」と医者は言うかもしれません。考え方が変わり、行動が変わり、免疫力が変化して自然治癒したというのはあくまでも想像です。何の証拠もありません。それを信じるもよし、信じぬもよし、個人のかってでしょう。それならば、私はそういうこともあるのだと信じたいと思います。人が覚悟を決め、迷いなく生きようとするとき、心身のパワーが最高に高まるのだということを。
【2005/07/09】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
ホリスティックな人々(4)-立場は一つ-
チベットの高僧 ダライ・ラマ十四世は時々来日されます。

私は会ったことはありませんが、ホリスティックな人々は、会う機会に恵まれたようです。

そのときに、ある先生が「法王は、そのような禁欲的な人生の中で、他に何かしたいとか、女性との問題とか考えたことはないか」と大胆な質問をされたようです。そうしたら、返ってきた言葉は「これまでに、そういうことを考えたことがないわけではない。しかし、人は一つの立場しか選べない。今は自分の立場に満足している。」(記憶が曖昧なので私の妄想が入っているかもしれませんが)というような話でした。迷いのなさが安定を生む、安定が力を生む、そういうことなのだと思います。

なんてことはない話です。しかし「人は一つの立場しか選べない」そのフレーズに私は感動しました。その当たり前のことが受け入れられず、あくせくしている人がいかに多いことか。一人の異性がいるのに、他の異性にふらふらと、家族があるのに他の欲望にふらふらと・・・。「二兎を追う者は一兎をも得ず」昔からそう言われ続けているのに、もっとよい道があるはずだ、もっとよい方法があるはずだ・・と揺れまくります。そして力が分散し、それを力がないことと勘違いしていることが多いです。火事場の馬鹿力という言葉があるように、人はすべての迷いを断ち、今ここにすべてを集中するとものすごい力を発揮するものです。力がないのではなく分散しているのだということを理解しましょう。

一つの立場を選択すること自体が難しいと言えば難しいのですが、それでもやはり目標は一つの立場を選ぶこと、それが人生においても、治療においても、そのほかの何においてもとても大切なことなのだと思います。
【2005/06/19】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
ホリスティックな人々(3)-信じるな、疑うな-
信じるな、疑うな」なんと不思議なフレーズでしょう。

これはホリスティックの仲間だった、ある有名なヨガの先生に聞いた言葉です。その先生が、そのまた先生から言われた言葉であると教えてくれました。

その先生が、ヨガの第一人者であった有名な先生に入門したときに言われたと聞きました。普通は、「私の言うことを信じなさい」とか、いいそうですし、そういう人が多いですね。その人自身が言わなくても、取り巻きがそういったり、疑わずに言われたとおりにしなければいけない雰囲気が漂っていたりするものです。

「信じるな、疑うな」・・いったいどうしろと言うのでしょうか。そんなことを言われてどうしたらよいのでしょうか。

そういわれたらどうなるかを想像してみればわかります。本当はその状況を体験しないとわからないはずですが、あえてシミュレーションしてみましょう。

先生に何か指示、指導を受けたり、講話を聞いたりしたとします。「信じるな」・・それはそれでいいのかね・・「疑うな」・・・うーん、どうしよう、とりあえずやってみるしかないか。という日々が続くことでしょうね。「信じてやりなさい」と言ってくれよと思っても「信じるな」、こんなことやっていて意味あるのかと思ったら「疑うな」、もーどっちなんだよ、どうすればいいのよ・・と思いつつ、とにかくやってみよう、よーわからんが・・となるでしょう。

そんな日々が続いた時、その人には何が起こるでしょうか、何の先入観も持たず、ただ続けた結果、体験的に得たものを体の中に感じることでしょう。それは教わったものでもなく、自分で考えたものでもなく、自分の継続的な行動の結果、生まれたものといえるでしょう。

そこれはたと感じるでしょう。そういうことか、「信じるな、疑うな」・・「先入観を持たず、頭でっかちにならず、とにかく体で体験せよ、さすれば、自ずとわかるときがくる。その体験的理解こそヨガなのだよ」私はそのように夢想するわけです。

それは、他の治療にもいえることです。人は何かを信じたいです。そして安心したい。これをやっていれば大丈夫だよと保証してほしい。しかし、そういう気持ちでやると、必ず起こってくるのは、「なーんだ、ちっともよくならないじゃないか」信じたが故に不信が生まれるわけです。逆に疑いからは純粋な経験はできません。

人が純粋に体験することがいかに困難であるかを知っているからこそ、その高名なヨガの導師は一見、ダブルバインド(二重拘束)のような矛盾したメッセージを送ったのでしょう。「どちらかに傾きすぎるな、バランスをとりながらまっすぐ進め、その果てにはきっと何かがある」

同じようなメッセージとしてはこれですね。アントニオ猪木によって有名になった一休禅師の言葉

この道を往けばどうなるものか

危ぶむなかれ  危ぶめば道はなし

踏み出せば  その一足が道となる 

迷わず行けよ 行けば分かる
【2005/06/19】  この記事のURL | ホリスティックな人々 | ▲ top
| メイン | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。